sorachinoのブログ

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梨木香歩 『家守綺譚』

梨木香歩さんの小説『家守綺譚』を読みました。

文庫版も発売されていますが、私が読んだのは新潮社より二〇〇四年一月三十日に発行されたハードカバーの方です。舞台となっている時代を髣髴とさせるような渋くて良い装丁の本でした。

あらすじ

たとえばたとえば。サルスベリの木に惚れられたり。床の間の掛軸から亡友の訪問を受けたり。飼い犬は河瞳と懇意になったり。白木蓮タツノオトシゴを孕んだり。庭のはずれにマリア様がお出ましになったり。散りぎわの桜が暇乞いに来たり。と、いった次第の本書は、四季おりおりの天地自然の「気」たちと、文明の進歩とやらに今ひとつ棹さしかねてる新米精神労働者の「私」と、庭つき池つき電燈つき二階屋との、のびやかな交歓の記録である。

現在から百年ほど前。売れない文筆業の綿貫征四郎は、旧友の父親から、家を離れるので代わりに住んでほしいと家守を頼まれた。その旧友は綿貫の学生時代の友人で高堂といい、ボート部での遠征中琵琶湖で溺死した男である。

さっそく引越し、広い庭のある純和風の一軒屋に一人住まいをする綿貫は、様々な不思議に囲まれて生活することになる。庭に生えるサルスベリの木に惚れられたり、座敷の掛け軸の中から死んだはずの高堂がボートに乗ってやってきたり、タヌキに化かされたり、河童が庭に出没したり、などなど…。

本作は、特に大きな事件が起きるわけでもなく、少し不思議に彩られた主人公綿貫の日常を淡々と描いています。そして一つ一つのお話は平均約5~8ページと結構短く、それが28個積み重なって一つの世界観を作り出しているように見えます。


綿貫の生活に癒される

この『家守綺譚』、幽霊やら妖怪やらが登場している作品ですが、ホラーのように読んでいて怖くなる小説ではありません。あくまで『綺譚』、すなわち『奇譚』――不思議な話なのでした。

登場する幽霊や妖怪達はどこか御伽話風で愛らしかったりときにユーモラスでさえあります。そして綿貫も彼らに遭遇してもあんまり驚いていません。隣のおかみさんも長虫屋も和尚もあまり驚かず、不思議を不思議として大騒ぎせず身の回りに存在することとして受け止めて暮らしている。この不思議との距離感が読んでいてとても心地よかったです。

隠居の老人や山奥で庵を結ぶ僧侶のような彼の生活は、仕事と時間とときに煩わしい人間関係に追われる現代人にとっては一種の「ユートピア(理想郷)」なのかも。生々しさやドロドロとしたものは無く、ファンタジックで奇妙な現実感の無さ*1、愛らしい動物や妖怪たち、美しい風景描写、郷愁を誘う田舎の家屋の描写、ほのぼのとした他者(人外を問わず)との交流、散歩や釣りを楽しめるゆったりとした時間の流れ――読んでいると癒される人も多いと思います。

伝統的な日本家屋に住んだことも、琵琶湖近辺の土地に住んだことも無い私自身、文中の風景にはなんとなく懐かしさと慕わしさを感じてしまいました。


お気に入りの登場人物

人ならぬ存在ならば綿貫が飼うことになる犬のゴローと、高堂の家の庭に生えているサルスベリ、人ならばダァリヤの君という女性が登場するキャラクターの中で特に好きでした。

ゴロー

犬好きとしてはもう犬というだけで評価があがりますが、愛嬌のある仕草や予想外に有能で行動力のあるところにも惹かれます。もふもふしてるワンコなんだろうなぁ。可愛いなぁ。

サルスベリ

木に人格があるかのように描かれているのがツボでした。枝を撓らせたり、葉を降らせたりすることで、ヤキモチを表現したり、綿貫に触られて恥らったり、本を読んでもらって喜んだり、木のままでも充分に自己主張するし、とっても感情表現が豊かなのが本当に可愛いらしい。

ダァリヤの君

それほど登場シーンの多い人物ではないのですが、『檸檬』という話の中で綿貫とゲーテの詩を暗誦するシーンの彼女が、可憐で透明感があって素敵でした。この場面、文語調で訳されたゲーテの詩ミニヨンとあいまってとてもロマンチックで美しいのです。同時にどこかもの哀しい。

檸檬』は『家守綺譚』を構成する28の小話の中で一番好きなお話でもあります。ダァリヤ君の女同士の友情に篤いところも好きだな。女版綿貫の立場にある人物として描かれている彼女と、生前の佐保との間にはどんな物語があったのかと気になります。

実は私、ダァリヤの君と綿貫とは良いカップルになりそうだなぁと二人のほのかな恋愛を期待しているんですが、残念ながら「第一私には自分の係累を持ちたいという欲はない」と言う綿貫の言動を鑑みるに、どうも二人が恋愛関係に発展する可能性は薄そうなんですよね……。まぁでもその方がこの物語の世界観を損なわないでしょうからいいのかもしれません。綿貫はあれでいいんだ、という気もするし。

まとめ

愛らしいキャラクター達、美しい風景描写、そしてユーモラスで不思議の染み出す世界観が魅力的な小説です。現代人に送る優しい御伽噺という印象を受けました。

*1:例えば方言らしきものを喋っている場面が登場しないとか