sorachinoのブログ

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ピーター・キャメロン 『最終目的地』

最終目的地 (新潮クレスト・ブックス)

最終目的地 (新潮クレスト・ブックス)

面白かったです!
人生の次のステップへ進むための希望を抱ける文芸作品でした。

あらすじ

1995年9月。カンザスの大学院で博士課程に在籍しているオマー・ラザキは、三年前に亡くなったウルグアイの小説家ユルス・グントの研究をしていた。大学から研究奨励金を得てユルスの伝記を執筆するには、遺族の公認を得なければならない。オマーは、ユルスの遺族たちが住むウルグアイの田舎の豊かな緑に囲まれた邸宅へ赴いた。

そこに暮らしていたのは、ユルス・グントの未亡人キャロライン、ユルスの愛人アーデン、ユルスとアーデンの幼い娘ポーシャ、ユルスの兄アダム、アダムの恋人ピートである。彼らは豊かで静かで平穏な、そしてどこか倦んだように停滞した時間を過ごしていた。

遺言執行者たちの公認を求めて遠路はるばるオマーがやってきたとこで、じわりと時間は動き出す。新たな恋に落ちる者、あえて屋敷を離れていく者―――。そしてオマー自身の人生もこの南米訪問で岐路に立つことに。それぞれの人生の最終目的地とは?


何気ない会話文

会話文が特徴的な小説だと思います。

まず、分量が多い。もちろん風景描写やみっしりとした内省描写もありますが、劇的な事件が起きる訳でもなく、主要登場人物同士のお喋りが主体となって物語は進んでいきます。その会話の多さから、読み終えたとき上質な会話劇の舞台を見終えたような心地がしました。

会話の内容もさりげなく魅力的です。何気ない言い回し、さらりと出てくる言葉、その端々になんとも言えないお洒落感というかセンスの良さを感じます。軽妙で、上品で、繊細で、どこか知的な感じ。ちなみに私のお気に入りの会話文はこちら(↓)。老紳士アダムが、若い恋人ピートにタイを結んでもらった時に言葉を交わす場面です。

「蝶ネクタイを結んでくれてありがとう。このタイをするとハンサムに見える。昔からのお気に入りでね。一九五五年にベネチアで買ったのだよ。しあわせなときは、美しいものを買うのが大事だ。このタイを見ると」―――アダムは襟元の蝶ネクタイに触れた―――「わしにもしあわせな時代があったことを思い出す」
「どうしてしあわせだったんですか」
「忘れた。そんなこと知るもんか。しあわせだった事実を思い出すだけで十分だ。わしはたしかにしあわせだった。さもなければ、こんなに美しいタイを買うはずがない」

もう一つ、とても些細だけれど好きな会話があります。キャロラインという美しい中年女性が、外食をした後に、滞在している亡妹のアパートメントのエレベーターの中でたまたま一緒になった他の住人と交わした何気ないやりとりです。

キャロラインは、さっき通りがかったレストランの外のテーブルに席を取って、ひとりで夕食をとった。心も体も疲れ果てていたが、鋪道の小さなテーブルに座っていると、気持ちがよかった。通り過ぎる人たちが、彼女にほほえみかけた。食事にあわせてワインを二杯飲み、食後はコーヒーを頼んだ。静かな都会の通りの木の下で、街灯に照らされてただ座っているよろこびを、もっとゆっくり味わいたかったからだ。

夕食の後は犬の散歩に行って、その帰りにプログラムのようなものを持っている女性二名とアパートメントのエレベーターで一緒になります。

「どちらに行ってらしたの?」彼女はプログラムを目で示した。
「ああ、バレエです」
「いかがでした?」
「すてきでした」
エレベーターが停まった。もうひとりの女性がドアを押し開け、「おやすみなさい」と言った。
「おやすみなさい」キャロラインも言った。

気持ちの良い場所でゆったりと食事をとって、犬の世話をして、隣人とこんな何気ない言葉を交わす、これってなんか凄くいいと思いません?日常の中の幸福、というか。

本の表紙の折り返し部分に「この小説のなかの会話は、近年最高のものだ」という書評が引用されているのですが、やはりこの本の会話文に魅力を感じた人は多かったんだろうなと思います。


不思議な家族

ところで、さらりと描かれているけど、グント家の妻妾同居・祖父と孫ほどに歳の離れたゲイカップルって題材、よく考えると結構凄いですよね。ミステリ作家だったらドロドロの人間関係と陰惨な殺人事件を描きたくなるスキャンダラスなシチュエーションでしょう。

しかし作家ピーター・キャメロンの筆にかかると、登場人物はそこそこ仲良く平穏に暮らしています。そこが意外で面白い。

まず、妻妾同居のキャロラインとアーデンについて。キャロラインは、自身でも説明できない憎しみを抱えていると内心をアダムに吐露する場面があり、この現状に苦しみを感じていることがわかります。そんな彼女が、夫の愛人とその娘と一つ屋根の下に暮らすなんてよく同意したなと思いますが、アーデンの儚げで可憐な性質あってのものなのでしょうし、不思議とこの生々しくない優雅な物語世界の中ではそういうのもあるんだろうなと呑み込んでしまえました。ユルス亡き後キャロラインとアーデンは微妙な距離感とバランスの下で、互いにある程度の思いやりと敬意を持ってともに過ごしていたように見えます。そこには不思議な連帯と絆がありました。

一方アダムとピートについても、普通ならヨーロッパ系の裕福な老人とアジアの途上国出身で元セックスワーカーの若者のカップルというとなんだか経済格差と売買春の痛ましさを嗅ぎ取りたくなるものなのではないでしょうか。実際2人の出会いはそういうものに近かったのかもしれませんが、ウルグアイで暮らす彼らにはもはやそういう影はあまり感じません。アダムはピートを伴侶として大事にしており、周囲もピートを単なる愛人ではなくパートナーとして扱っています。忠実にアダムの世話をするピートも、お金のためや義務感だけでアダムと一緒にいるわけではなく、愛ゆえに‘離れたくない’と思っている。しかし自分でも認めていなかった‘ここを出ていきたい’という気持ちをとうとう秘めきれなくなっったとき、アダムが泣くピートを抱きしめて慰めるくだりには、年上らしいアダムの包容力と愛情深さが光っていました。

家族というのは計り知れないもので、ユルス・グントの遺族たちのように、傍からは珍奇で規格外に見えても、実は絆を育んでいることもあるのでしょう。


さて、そんな中でたゆたうように日々を過ごしていた高貴なマダム・キャロライン。オマーの訪れがきっかけとなって、彼女は自分を見つめなおすことになります。自分は何者なのか。ここに留まっているのは正しいことなのか。ここが最終目的地なのか?

そんな彼女ですが、最終章では新たな家族ができたことが明かされています。

キャロラインの夫は、立ち上がって彼女を通した。そして、彼女が席に着くと、身を乗り出して肩にはおったショールを整えてやった。彼女が香水をつけてきたのが、彼にはわかった。彼は体を寄せて香りを吸い込み、彼女のほほにキスをした。

私、この描写とても好きなんです。たった数行の短い文章で、名前さえ明かされていない端役のキャロラインの新しい夫が、いかに彼女を大切にしているのかがわかって。この部分読んでると、なんだか胸がじんわり暖かくなるような気がします。新たな一歩を新たな人とともに新たな土地で歩みだしたキャロライン。彼女が幸せになって良かったなあ。



まとめ

南米ウルグアイの田舎を舞台に、人生の最終目的に向けて、それぞれの登場人物が少しずつ動いていくお話でした。読後感も爽やかで、読むと心地よくな
れる本だと思います。

翻訳も上手かったです。簡素だけど繊細な日本語訳で、翻訳文にありがちな違和感はほとんどなく、かなり読みやすいと感じました。