sorachinoのブログ

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マルグリート・デ・モーア 『ヴィルトゥオーゾ』

ヴィルトゥオーゾ

ヴィルトゥオーゾ

原題:DE VIRTUOOS
翻訳:伊藤はに子

舞台は18世紀前半のイタリア。オペラを愛する街ナポリで、カルロッタは同じ村出身のガスパーロと再会した。カストラートとなり、最高の人気歌手として現われた彼の歌声に魅せられて、恋に落ちたカルロッタは彼の世界を五感でたしかめていく。やがて、オペラシーズンは終わりを迎え...。音楽史上に謎の存在として輝くカストラート(去勢歌手)を、女性の眼を通して描いたベストセラー小説。


著者は、デン・ハーグ王立音楽院を卒業した元ソプラノ歌手、という経歴の持ち主なんだとか。つまり本書は、オランダ人の元声楽家の立場から、オペラの舞台で活躍する若き才能あふれるカストラートの人生について描いた小説でして、そんなの期待するしかないじゃん!とワクワクしつつ読み始めました。


さて、カストラートとは、少年時代に去勢することによって大人になってもボーイソプラノのような美声を成人男性の肺活量で歌うことが出来る歌手のことですね。近代以前にイタリアを中心に活躍しました。当然、人道的理由から現代では存在しません。


一時期、カストラートについて書かれた書籍を手当たり次第に読んだ時期がありました(それらの感想エントリは順次UPしていこうと思っています)。カストラート関連本を読んでいると、頻繁に「その素晴らしい歌声を聴いた貴婦人は失神した」「妊娠しないから浮気相手として貴族の女性に引っ張りだこだった」といったカストラートの歌声を聴いた当時の観客のエピソードが紹介されています。本書はまさしくそんな場面を主人公の目を通して疑似体験できる作品でした。


一人称で語り手を務めるのは、公爵夫人カルロッタです。彼女は、ヴェスヴィオ火山の麓に位置するクローチェ・デ・カルミラという村の出身で、結婚した後は夫の所領であるアルタヴィッラ(ナポリからは馬で3日という距離)という土地に移り住み、そこで二人の娘を生みました。家名を継ぐべき男子を生めていないことにプレッシャーを感じていた中、ナポリ出身の実父が亡くなります。夫の公爵はなかなか気前の良い人で、そんな状況の彼女にナポリにひとシーズン滞在してオペラを堪能する、という素晴らしい気晴らしを与えるのです。豪勢だなー!太っ腹にもほどがある!羨ましい!

娘たちをアルタヴィッラに残し、夫に連れられてやって来たナポリで、彼女は大いに享楽的な日々を過ごします。サン・カルロ劇場に通い詰めてオペラ漬けになって、人気者のカストラートを愛人にし、その他にもフランス人の若者を愛人にし、夫やナポリ在住の異母姉とともに数々のパーティに出席して社交をこなしたり観光をしたり……。これぞ貴族!という感じの贅沢な日々。彼女は二児の母なのですが、娘たちの存在感が物凄く薄いので彼女が子持ちであることをつい忘れます。


お相手役となるガスパーロは、とってもカストラートらしいカストラートでした。農村の貧しい家庭出身で金銭的な理由により去勢され、ナポリの音楽院で厳しい訓練を積み、技巧的なオペラ曲も朗々と歌える素晴らしい声楽家として成り上がり、強烈なプライドと傲慢さで周囲を振り回し、女性相手でも男性相手でも華やかな恋愛模様を繰り広げ―――――、という、ある意味ステレオタイプカストラートのイメージど真ん中、というキャラクターです。


作中、彼が専門用語をガンガン駆使し滔々と音楽の技巧について喋り倒すシーンが何回も出てきます。華やかなパーティの席でも素人相手に、情事の後のベッドの上でも愛人の女性相手に、喋る喋る。音楽の道をひたすら邁進する彼にとって、一番語れる話題といえば音楽なのでしょうし、そして何よりもやはり音楽が好きでいつでもどこでも音楽のことを考えているのでしょう。こういう描写には、声楽家だった著者の経験が反映されているのかもしれないなぁと感じました。

ガスパーロの音楽論をうっとりしながら聞くカルロッタ。彼の言っていることは全て理解できなくても、好きな男性が生き生きと熱中していることを語っている様子は好ましく見てしまうんですよね。私も彼のぶつ音楽論の内容はあまり理解できなかったです(笑)。専門用語使い過ぎで素人には厳しい……。でも、まぁそれがプロの音楽家らしくて良いです。

カルロッタはガスパーロに強く惹かれ、親密度を上げるために共通の話題となりえる故郷の村のことを話しかけたりして、愛人関係に持ち込みます。かといって熱烈に愛し合う恋人同士になったというわけではありません。さらりとした大人同士の遊びを楽しむ関係性に落ち着いています。恋愛小説として読むと本作は肩透かしを受けるのではないでしょうか。わりとカルロッタとガスパーロの関係性が浅いというか表面的なように見えるので。ガスパーロはカルロッタ自身にあまり興味を持っていないんじゃないかな、とさえ私は感じましたから……。

どうも著者は意図的にガスパーロの心中を直接的に描かない方針のようなのです。歴史上、実在したカストラート達もほとんどその心中を綴ったものを遺していませんが、著者はそれに倣ったのかもしれません。もちろん、そのガスパーロの心理描写の意図的な抑制こそが、唯一、最後の最後にガスパーロが自ら唐突に故郷のことを語りだす場面での彼の人間味を効果的に引き立てているのは、私も理解しているつもりです。

でもね、正直に言えば、創作物の中だからこそ、恋愛感情に限らずカストラート自身のさまざまな感情が渦巻く胸中を私は読んでみたかったです……!

例えば、ガスパーロが去勢された直接の原因は、ガスパーロの父との賭けに勝ったカルロッタの父がそれを要求したから、というなかなかにヘヴィな事実があるのですが、その重大な要素について本書はわりとあっさり流しています。恋仲になった後のガスパーロはそのことについて特に言及すらしていません。実際には、カルロッタを見るたびに去勢される経緯を思い出してちょっとは複雑な気持ちになったりするものじゃないかな……? 最初、私はこの父親同士の賭けが、カルロッタとガスパーロの間にどんな波乱をもたらすのかハラハラしつつ読み進めたのですが、ちょっと拍子抜けでした。

というわけで、個人的な意見を率直に申しますと、私はカストラートという存在に興味があったので本書を読みましたが、特にカストラートに興味の無い人が純粋に小説として読んだ場合に楽しめるか?と考えると、ちょっと難しい気がしないでもない。カストラートとしてのガスパーロの音楽的な手腕と実績は存分に描かれていましたが、一人の青年としてのガスパーロの胸の内をもっと読んでみたかったんですよね。



さて、声楽家としてのガスパーロといえば、彼と共演者たちのエピソードがパンチがあって印象深かったです。

例えば、ソプラノ歌手である彼は、競演する女性歌手に辛辣で「わめきちらすメス犬ですよ」とこき下ろしますし、オペラの舞台に像が登場したときは陰険に笑いながら「あの象が、僕の今日の共演者のうちでもっとも才能のあるライバルでしたよ」と毒舌を吐いたりします。性格悪い(笑)。

ガスパーロが初舞台を踏んだ時の、相手役のテノールの男性歌手とのエピソードは、少年漫画味があって良かったです。最初、テノール歌手は露骨に若輩のガスパーロを侮りますが、ガスパーロは舞台の最中にその実力を堂々と見せつけ、拍手喝采を浴びます。テノール歌手は、ガスパーロを一人のオペラ歌手として認めて、その瞬間から真の意味での共演が始まったのでした。舞台で上演中の歌手たちの人間模様は面白いです。


ちなみに、ガスパーロの舞台の上での傲慢な振る舞いの幾つかには元ネタがあり、この作家さんが全て一から作ったエピソードという訳ではないようです。訳者によれば、ガスパーロは19世紀に実在したカストラートのカファリエッロ(個人的にはカッファレッリという表記の方が馴染みが深いのですが)をモデルにしているそうです。実際、幾つかの作中のガスパーロの体験はカッファレッリが実際に体験したことそのまんまなのですよね。私が気付いたのは、インド象と共演したり、さる公爵夫人と恋仲になってボディガードをつけられたり、などのエピソードです。

ガスパーロは、自分の喉の調子の都合でオペラの第二幕と第三幕の順序を入れ替えさせるなんて勝手なことを作中でやっていますが、もしかしてこれも元ネタあるんじゃないでしょうか?

私は、作者が当時のカストラートについてよく調べていることよりも、むしろ創作物のキャラクターとして通用するようなエピソード持ちのカッファレッリに感心しましたね。カッファレッリ、面白い人だったんだなー。



それにしても、本書で不思議なのが、カルロッタの恋のライバルがことごとく男性であること。なんでだろう?。いや、いいんですけどね(笑)。

ガスパーロは、弟子の青年に心惹かれます。また、カルロッタの夫である公爵も、ヴァイオリンが得意な従僕を男色相手として可愛がっていることをほのめかす描写があります。さらに別のシチリア人の青年に恋に落ちてその胸の内を主人公に訴えたりもします。浮気相手の素晴らしさを妻に熱弁する夫、それをふんふんと聞いてあげる妻、なんという夫婦関係だよ、と思わずツッコミたくなった読者は私だけではないはず(笑)。まぁ、当時の貴族の家族関係なんてそんなものかもしれませんが。

いや、でも男児を産めないことにプレッシャーを感じている妻にとって夫の浮気相手が女性だったら泥沼な展開になる、と判断して著者は避けたのかな。同性相手の浮気や心移りを殊更に軽々しいものとして扱うもそれはそれでどうなんかなぁと思わないでもないですが……。

ちなみにそれ以外にも同性愛描写はあって、女装したソプラニスタにご執心なオランダ人貴族の男性なども脇役として登場していました。これはオランダ人である著者の遊び心でしょうか。



余談。ナポリという街の名前は、セイレーンに由来しているという話を本書で初めて知りました。カストラートが活躍した街にぴったりだなぁとその偶然の妙に感心しました。



最後に、翻訳文について。私は少々読みにくいという印象を受けました。が、そもそもオランダ語の原文自体がわりと読みにくい文章なのかもしれないという気もします。