sorachinoのブログ

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ポール・ドハティー 『赤き死の訪れ』

赤き死の訪れ (創元推理文庫)

赤き死の訪れ (創元推理文庫)

ロンドン塔の城守、ラルフ・ホイットン卿が塔内の居室で殺された。卿は数日前に届いた謎めいた手紙に、異常なほどおびえていたという。その後も、同様に手紙を受けとった卿ゆかりの者たちのもとを、死が相次いで訪れる。それぞれ個人的な悩みを抱えながらも、姿なき殺人者を追うアセルスタン修道士とクランストン検死官のふたり……。クリスマスを控えた極寒のロンドンに展開する、中世謎解きシリーズの傑作第2弾。

翻訳:古賀弥生
原題:『The House of the Red Slayer』

  • 主人公:アセルスタン
  • 相棒役:ジョン・クランストン


1992年にイギリスの推理小説家によって書かれたミステリ小説です。この日本語訳は、2007年刊行。修道士アセルスタンシリーズという、若い修道士が主人公のシリーズ第2弾で、相棒役は中年男性の検死官クランストン。第1弾の『毒杯の囀り』は未読のまま、いきなりこのシリーズ2作目から読み出してしまいましたが、特に不都合はありませんでした。


『赤き死の訪れ』は、1377年の12月の極寒のロンドンを描いています。相次ぐ凍死者、凍てついたロンドン塔の濠の水、氷の張った石畳、重く垂れこめる灰色の雪雲―――作中に繰り返される寒々しい描写の数々。この本を読んだのは今年の1月22日~24日頃で、ちょうどその時期私の住む地域に大寒波が襲来し雪が積もって大変冷え込んだ日々だったので、寒さを嘆く登場人物たちに大いに共感を抱きながら読みました。

作家さん、たぶんロンドンの街の描写を描くの楽しかったんだろうな。不衛生で悪臭が漂い貧者や乞食や犯罪者がたくさん溢れている路上、倫理観や人権意識も現代とは違うけれど寒風にもかかわらず街の中を行きかう群衆の活気を、やたら生き生きとした筆致で描いているんですよね。


本作の主な殺人事件の現場は処刑地として現代でも大人気な観光地・ロンドン塔で、その見取り図も掲載されています。ロンドン塔とは一つの塔のことを指すのではなく、敷地内には複数の塔が建造されておりそれをひっくるめて「ロンドン塔」と呼ぶだなんて初めて知りました。思ったより広いというのも意外でした。


そのロンドン塔の城守が殺され、第二、第三の殺人が起きていきます。犯人は、理由は無いけどなんとなく怪しいなという印象を受けた関係者がまんま犯人でした。しかし、アセルスタンの推理を読んでいて一つ疑問が。ロンドン塔の城守の殺害時、犯人は返り血を浴びなかったのかな?浴びていたらすぐに周囲に犯行が露見したのではと思うのですが……。


個人的に面白かったのが、物語の中盤で事件関係者兼容疑者候補の内の一人ブライアン・フィッツォモンドがいきなりアセルスタンに告解(現代では「ゆるしの秘跡」と言うそうです)しようとするときのエピソードです。

 フィッツォモンドは突然、アセルスタンの足元にひざまずき、空中に十字を切った。アセルスタンはあたりを見まわし、絶望的な気分になった。これからどうなるか、もう気づいていた。
 「わたしのために神の恩寵を祈ってください。神父さん」フィッツォモンドはつぶやいた。「罪を犯しましたから。これから告白いたします」
 アセルスタンは身を引いた。スツールの脚が硬い石の床にこすれた。「やめてください。ブライアン卿、わたしをだましましたね!これからどんなことを言うにせよ、それは告白の守秘義務で守られるんです」
「わかっているよ!」フィッツォモンドは声を荒らげた。「でもわたしの魂は、真っ黒な罪に浸っているんだ」
 アセルスタンは首を振り、立ち上がった。「やめてください」もう一度言った。「あなたが何を話すにせよ、わたしがそれを明かすことができるのは、アヴィニヨンの教皇聖下の命令があったときだけになってしまう。ブライアン卿、あなたはずるい。どうしてそんな策を弄するのですか?」
 フィッツォモンドは顔を上げ、目を光らせた。「邪推はやめてくれ。神父さん、わたしは告白したいんだ。あんたは告解を聴かなければならない。わたしは死を目前にした罪人なんだから!」

告解をしたがる殺人事件の容疑者候補、それを拒もうとする聴罪司祭、という図です。

カトリックの神父は、たとえ犯罪行為の告白であっても信者の告解の内容を口外できません。守秘義務があるからです。検死官の書記として捜査現場に来ているアセルスタンは、もしも犯人から「わたしが犯人です」と告解されても自分以外の捜査陣に告解の内容を伝えられず、捜査に大きな支障を生じさせるどころか犯罪隠匿に利用されてしまうかもしれません。普通ならミステリ小説の探偵役は事件関係者の証言を塞ごうとはしないものですが、フィッツォモンドがどんな意図で何を告白するのか知らないアセルスタンが、守秘義務に縛られるのを恐れるのも無理はないですね。

実際、古今東西の創作物の中で告解の守秘義務に縛られて不利な立場に陥る司祭の姿はよく描かれています。例えば、ヒッチコックのサスペンス映画『私は告白する』では、殺人犯からの告解を受けて真犯人を知っているのに守秘義務のためにそれを言えず、冤罪で逮捕されてしまう神父が出てきます。ジャック・ヒギンズのハードボイルド小説『死にゆく者への祈り』では、偶然殺人事件の目撃者となるも、犯人が先手を打って犯行を告解に来たために通報することが出来なくなり、更にギャングのボスに命を狙われてしまう司祭が出てきます。他人に大きすぎる秘密を打ち明けられるっていうのは、なかなかしんどいものですね。

さて、本書のアセルスタンは、もちろん司祭である以上告解をさせてほしいという希望を拒み切れず、結局腹を括ります。

 アセルスタンは目を閉じて居住まいを正し、延々と罪の告白を聴いた。みだらな思いや行動、肉欲、金銭欲、癇癪、汚い言葉。それに、どの社会にもあるようなつまらない口論。フィッツモンドは、罪と闘ったこと、善行を積む意志はあったこと、いつもそれを実行できなかったことを告白した。場数を踏んだ聴罪司祭であるアセルスタンは、フィッツォモンドが善良ながらも深い悩みを抱えた人間であることに気づいた。

アセルスタンにとっては幸いなことに、フィッツォモンドの告解は真摯なものでした。たぶん、ここでアセルスタンはフィッツォモンドの人間性をある程度把握し信用できたのでしょう。だからこそ、その後告解を続ける中でフィッツォモンドが「わたしは人殺しなのです、神父さん」と言い出した時、

アセルスタンは緊張し、内なる興奮を、深い好奇心を隠そうとした。聖職者は告白を聴くとき、魂が丸裸になるのを目の当たりにするという、またとない機会を持つものなのだ。
「誰を殺したんですか?」彼はやさしく訊いた。

と、最初に「やめてください」と告解を拒絶しようとした態度とは対照的に、聞く気満々で話を促しています。とうとう謎の真相に迫る手がかりを得られるか?と期待を滲ませたアセルスタンの探求心がじわりと動き出す様子は人間らしいですね。殺人行為の告白に対して聖職者が「興奮」「好奇心」とは不謹慎かもしれませんが、聖職者としての覚悟と優しさだけじゃないところに、私はこの文章を読んで思わずニヤッとしてしまいました。

でもやっぱり彼には聖職者らしいところもあって、アセルスタンはこの告解の最中、ユーモアを交えてワインを勧めてフィッツォモンドをリラックスさせ(アセルスタン曰く、教会法には告白のあいだにワインを飲んではならないという定めはない、とのこと。そうなの?笑)、途中で乱入してきた捜査官を追い返し、そして告解の後には死者の魂のために祈ることと自首することを暖かい言葉で勧めます。フィッツォモンドはこれに従いました。良かったね、アセルスタン!と思わず読んでるこっちもホッとしましたよ。この告解の場面は、アセルスタンの人間味のある司祭ぶりが際立っていて印象に残りました。

こういう聴罪司祭が主人公ならではの特異なシチュエーションを見ていると、聖職者が主人公の他のミステリ小説や冒険小説ももっと読んでみたくなります。『カドフェル』シリーズ、『ブラウン神父』シリーズなどの有名どころあたりから今度読んでみようかな。


余談。某投稿サイトにこの『赤き死の訪れ』の二次創作BLを見つけました。私はBL作品を愛好していますが、本作には全く萌え魂を揺さぶられなかったので、見た瞬間は、え、どんなカップリング??と本当に驚きました。アセルスタンは修道士の身ながら教区の未亡人にほのかな恋心を抱いているし、相棒役のクランストンは愛妻家で本作中ずっと妻への想いを何度も何度も表明しているし、この実にヘテロな男性二人に萌えるのは結構難易度高いんじゃ……?などと思っていたんですが、なんとカップリングはバーソロミュー×ジェフリーでした。なるほど!目の付け所が凄い!自分じゃ思いつかなかったけど、確かに言われてみれば妄想の余地はあるかもしれないなぁ。