sorachinoのブログ

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真瀬もと 『薔薇の密書 アヴァンチュール1606』

もう10年以上前に買った古いライトノベルですが、本棚の整理をしたのをきっかけに再読。内容を忘れていたので新鮮な感じで読むことができました。

時は1606年、ところはフランス、パリ。国王アンリ4世の暗殺に関わる文書‘薔薇の密書’、そして主人公ガブリエルの父親で元海賊王の男が今際の際に残した遺産に関わる暗号、それらを巡る陰謀の中にガブリエル(愛称ガビー)は果敢に切り込んでいきます。裏切られたり騙されたりがテンポよく展開され、次々と降りかかるピンチを乗り切っていくガビーの姿は痛快でした。

わざわざこの時代設定にしただけあって、作中には実在の人物が多数出てきます。例えば、国王の元妃であるマルグリット・ド・ヴァロア、後のルイ13世となる5歳の王太子ルイ、国王の愛妾アンリエット・ダントラーグ、そして何よりヒロインの恋のお相手となるシユー侯爵ことアルマン・ジャン・デュ・プレシ。


「シユー侯爵」や「アルマン・ジャン・デュ・プレシ」という名前だけなら知らない方がほとんどだと思いますが、「リシュリュー卿」と聞けばピンと来る方も多いのではないでしょうか。そうなのです、この作品、何がユニークって、後にリシュリュー卿と呼ばれ宰相にまで上り詰める男の若き日の姿を、上品で生真面目な21歳の青年貴族として描いているところなのです。

リシュリュー枢機卿といえば、アレクサンドル・デュマの小説『三銃士』に登場する悪役の宰相で、様々な陰謀を巡らせる陰険な政治家。そんなイメージを持っていたため、5つも年下の少女に「可愛い」とまで思われてしまうお坊ちゃんキャラのソルボンヌ大学神学生が、実は後のリシュリューだったと判明した場面は意外性があって「おっ」と思いました。てっきり主人公同様オリジナルキャラクターなのかと勘違いしていましたよ。


男性キャラの魅力としてはシユー侯爵もなかなかですが、それ以上に謎めいた黒衣の代訴人ダニエル・ロシェが凄かった。彼はヴァチカンの依頼を受けて水面下で動き回り表舞台には立たない人物なのですが、自身の仕事を果たすために、主人公の16歳の少女にもあまり容赦しないところが良いです。慇懃なのにやることは結構えげつないんですよ。ロマンスのお相手という感じはしませんが底知れない彼のおかげで物語がぐっと面白くなっていると思います。このキャラ、とても魅力的なのでこの作品だけで終わっちゃうのはなんか勿体ない気もするなー。


それと、男性キャラだとシユー侯爵の老僕デュポンが良かったです。この人、たぶん登場シーンは1ページに満たないくらいの超脇役ですが、若い主人の恋心を優しく見守って密かに手助けしているのが心憎いです。『シャーロキアン・クロニクル』のアルフレッドといい、真瀬さんは、本当に味のある召使を書きますね。


ガビーについては、生き生きとした溌剌さと行動力があって主人公らしいキャラクターだと思いました。初恋に一途なところも、勇敢で賢いところも、いつかお金を貯めて自分の船を買い海賊になるんだ!という夢を抱いている意志の強さも、好感が持てます。

ただ、地中海の海賊になるといってもどんな海賊になったのかなというのが気になります。国家の中枢の人物と繋がりのある海賊というと私掠船みたいな感じになるのでしょうか。略奪や惨殺やらをして暴れ回っているのかと思うとちょっと萎えるな……あんまりガビーが手を汚している場面は想像したくないですね……。


多くの少女向け恋愛小説では、恋人同士は愛を誓い合って結婚の約束をしてハッピーエンドを迎えますが、妻帯を禁じられているカトリックの聖職者(しかも後に枢機卿になるほどの出世頭)が恋のお相手の本作ではそうはいきません。互いに、2人の人生は交差することはあっても生涯重なることはないということを了解しているのです。しかし、独立心旺盛で自分の人生は自分のものだと考えているガビーだからこそ、リシュリューとなったシユー侯爵との関係も、長い友人として(まれに恋人として?)、つかず離れず、たまに交差させつつ保っていけるのでしょう。

それにしても、新教と旧教の対立の中、教皇が署名した政敵の暗殺命令文書を発行したが、その後政治状況変わったために暗殺命令を後悔して、文書を回収しようと躍起になっているヴァチカン、という図式はなんかニヤリとしちゃう設定だなぁ。‘サン・バルテルミーの虐殺’事件に見られるような宗教闘争の熾烈さと、カトリックプロテスタントの融和を図るために国王アンリ4世が3度もカトリックへ改宗したというような目まぐるしく変わる状況を考えると、そんな‘密書’があってもおかしくないような気にさせられます。