sorachinoのブログ

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トーリ・フィリップス 『道化師は恋の語りべ』

道化師は恋の語りべ (ハーレクイン文庫)

道化師は恋の語りべ (ハーレクイン文庫)

株式会社ハーレクイン、2007年7月1日。HQB−90。
翻訳:古沢絵里
原題は『Fool's Paradise』。

豊かな荘園の跡取り娘エリザベスが供も連れずに旅立ったのは、財産目当ての男に父を殺され、結婚を迫られたせいだった。名付け親である女王陛下のもとへ赴き、助けを求めるしかない。必死で森を進むうち、彼女は宮廷道化師タールトンと出会う。明るい瞳と美しい歌声に加え、鋭い頭脳も持つ彼は、自分の弟子になりすまして一緒に宮廷へ向かっては、と提案した。そうすれば道中も安全だし、追っ手の目もごまかせる―令嬢はすぐさま波打つ金髪を切り、見習い道化師に変身した。迫り来る危険も忘れる、輝きに満ちた大冒険の始まりだった。

  • ヒロイン:エリザベス・ヘイワード(19)
  • ヒーロー:リチャード・タールトン(27) 愛称:ディコン。


舞台は1586年、エリザベス女王一世が治めるイングランド
旅の宮廷道化師がヒーロー。敵の目を欺くため小汚い粗末な服を着て男装するヒロイン。

これは面白そうだなぁと以前から書店で見かけるたびに思っていました。実際、とても面白かったです。読み始めたら止まらなくなって、一気に読み終えました。もっと早く手に入れておけばよかったなぁ。

旅芸人の生活

吟遊詩人や旅芸人、琵琶法師、巡遊伶人など……古今東西の旅する芸能者という存在がもともと好きだったせいか、ロードムービー風に道化師とその弟子に扮した2人が旅の中で惹かれあっていく展開はとても好みでした。

ヒーローとヒロインは、市場や居酒屋、領主の館や大学の学生寮修道院などで歌や曲芸を披露して路銀を稼ぎつつ、イングランド中部のウォリックシャー州からウッドストック街道を南に進み、ロンドンのハンプトンコート宮殿を目指します。この、旅芸人としての生活がしっかり描かれていたのが嬉しかったです。

最初は人前で歌うなんてと渋っていたヒロインのエリザベスですが、タールトンに弟子の“ロビン”として強引に引っ張り出され、酒場で歌う羽目に。実は彼女、なかなかの美声の持ち主だったので聴衆から拍手喝采をもらうことになります。喜ぶエリザベスが可愛いですよ。タールトンは一連の芸の最後に、エリザベスが歌うロマンティックな恋歌を持ってくることが多いのですが、その澄んだ声に聴衆が静かに聴き惚れるシーンは読んでいて楽しかったです。

芸人としてのタールトンについても言いますと、私は彼の時折見せる毒が道化師らしくて好きでしたね。テーブルの上に飛び乗って口上を述べたり卑猥な小噺やらきわどい歌を披露する時など、彼はいたずらっぽく「悪魔めいた笑顔」や「小鬼のような笑顔」を浮かべます。道化者は、滑稽な芸で人々を楽しませ、自ら笑いの対象になるおどけ役であると同時に、身分の高い人に対して毒を吐いたり、無礼なことでも言う一種独特な立場である、というのがよく描かれているなぁと思いました。

毒と言えば、貴族の屋敷で芸を披露する際、タールトンは

「お見受けしたところ、今宵は白鳥のローストをお召あがりのご様子。ここでひとつ、白鳥側の言い分をお聞かせしましょう」

と口上を述べて、弟子のロビンに「白鳥のローストの嘆き」という歌を歌わせるのですが、これ、なかなか毒の効いた趣向のような……笑。白鳥の嘆きの歌を聴きながら、白鳥を食べるのって、シュールすぎません? 食欲失せそうですが、作中ではこの歌を聴いた貴族は楽しんだようです。私はこのシーンを読むと、万葉集の乞食者の蟹と鹿の歌を思い出します。あれも蟹や鹿の立場から人間に食べられてしまうことを滑稽味を入れつつ嘆いた歌ですね。「白鳥のローストの嘆き」の歌詞は、『道化師は恋の語りべ』の中には詳しく出てきませんが、きっと万葉集の乞食者の歌のような感じなんだろうなぁ。中世の英国と古代の日本のユーモアにある種の共通点があって面白いですね。

旅の途中では、さまざまな人との出会いが描かれます。また、追っ手に追いつかれそうになったり、ヒロインの変装がばれそうになったり、ヒーローの出生が明かされたりなどの事件や冒険があり、ワクワクハラハラさせられました。


ヒストリカルの醍醐味

あいにく英国史は詳しくないのですが、そんな私でも知ってる有名人物が本書には複数登場します。テューダー朝の処女王エリザベス一世、女王の重臣にしてスパイマスターのフランシス・ウォルシンガム、同じく女王の重臣ウォルター・ローリー、女王の愛人レスター伯ロバート・ダドリー。

本書の背景には、獄中にいるスコットランド女王メアリー・スチュアートイングランドの王位に就けようとするメアリー支持者たちと、それを根絶やしにしようとする女王エリザベス一世側との対立が描かれています。

なかなか豪華な面々の実在人物が登場したり、タールトンがフランシス・ウォルシンガムの密偵として働いていますので、英国史に詳しい方はもっと楽しめるかもしれません。


明るくて前向きなヒーローとヒロイン

物語は全体的にどこか明るくコミカルなトーンが漂っています。それはきっとタールトンとエリザベスの性格によるところが大きいのでしょう。

特にタールトン。この人は道化師らしく、明朗でユーモアもたっぷりある人です。旅慣れてて頼りになるし、いつも元気いっぱいで、こういう旅の道連れは心強いだろうなあと思わせるキャラクターでした。エリザベスに対しても、

彼はエリザベスを抱き寄せて、優しく揺すった。
「よしよし。もう大丈夫だ」

と慰めたり、

「元気を出しな、ロビン。ぶどう酒を少し飲んでみなよ。お日さまみたいな味がするぞ」

と陽気に励ましたり、石鹸や靴を調達してきて思いやりを示したり、楽しそうにからかったり、「起きろ、ねぼすけ」「よく言った小僧」などと乱暴な口調の親方を笑いながら演じてみたり、感情豊かに接しているのが良かったです。ロマンティックなシーンでは、

「あんたが流した涙一粒につき、笑いに満ちた一日を約束するよ。」

という口説き文句をさらっと言えるのも素敵。個人的にグッときたのが、道端で生まれたばかりの子供を亡くした若い母親に出会った時のタールトンの対応です。

「生まれてすぐ死んじゃったの。洗礼も受けないで。この子が地獄に落ちると思うと、辛くって。この子のせいじゃないのに!いけないのはあたしなのに!」娘はまた泣き出した。
 タールトンが仕事の手を止めて声をかけた。「ばかなことを言うもんじゃない。あんたの赤ん坊は、天国で天使たちの遊び相手になるのさ」

タールトンというキャラクターを好きになった瞬間でした。

エリザベスも純情で可愛いらしい女の子です。お姫様育ちのわりには、なんだかんだ言って結構旅の見習い道化師生活に馴染んでたりして、なかなか素直で伸びやかな人という印象。

2人とも魅力的なキャラクターでした。


お姫様と道化師という身分差

旅芸人の男性と貴族の令嬢という身分差もののロマンスでもある本作。社会階層が違う二人は、結ばれた後にどうやって一緒になるのか?という大きな問題を抱えることになります。

実は読んでいる最中は、道化師夫婦として楽しく暮らしていくというハッピーエンドもありなのでは、と期待していました。タールトンは歌ったり芸を披露している時とても魅力的でしたので。しかも彼の生い立ちを考えると、若い頃に芸人として鞭打たれた屈辱や貴族への恨みは捨て切れないでしょうから、すんなり貴族社会にハマらないんじゃないかなという気もしていたので。

そんな私の予想とは裏腹に、ラストは一介の貧しい旅芸人という立場からはかけ離れて大いに出世して終わります。タールトンには貴族の血を引いているという秘密があり、国王の采配によって自分を捨てた実父より財産と地位を受け継ぐことになるのでした。正直私の好みとは違う展開でしたので少し残念に思わないでもないですが、ハーレクインらしいと言えばハーレクインらしい結末なんですよね。タールトンの叙爵に伴い、最終的に主人公エリザベスは多くのものを手に入れます。愛する夫、可愛い子ども達、伯爵夫人という社会的地位、領地と財産、君主からの寵愛。できすぎだろ!とツッコミたくなりますが、まぁこの大団円は、ロマンス小説ならではのご愛嬌というものでしょうか。


その他

  • そういえば「オートミール色」ってどんな色なんだろう?茶色っぽいのだろうなというのは想像できるんだけど、あんまり私はオートミールを食べないせいかピンとこないな。
  • 今回トーリ・フィリップス(Tori Phillips)さんの本を始めて読みましたが、他の本も読んでみたいなあと思いました。著者紹介を読むと、作家本人も女優や脚本家としてのキャリアをお持ちとのこと。今回のように芸能者をヒーローにしたのは自分自身の仕事の影響もあるんでしょうか。
  • 道化師のタールトン。元ネタやモデルにした人物はあるのかなと思って調べてみたところ、エリザベス一世の時代にリチャード・タールトン(Richard Tarleton)という道化師が実在していたようです。やはりモデルにしているんでしょうかね。同時代の作曲家ジョン・ダウランドは彼をモデルに「タールトンの復活(Tarletones riserrectione)」というリュート曲も作っており、とても人気のある道化役者だったとか。

まとめ

中世イングランドを舞台にしたロードムービー風ロマンスです。明るくて楽しい本でした。