真瀬もと 『太陽は夜に惑う』
- 受け:森下朔人(16)
- 攻め:アーキル(30歳前後)
- 作者: 真瀬もと,稲荷家房之介
- 出版社/メーカー: 新書館
- 発売日: 2009/05/10
- メディア: 文庫
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アラビア半島のペルシア湾に臨む架空の国を舞台にした小説でした。首都を除き、国土の大半が砂漠に覆われている首長国ザハナ。英国の保護領となって50年以上が過ぎ、海沿いの外国人居留区には西洋人が闊歩しています。
そんな砂漠の国の王族と、イギリス育ちの日本人少年との恋を、謀略を絡めて描いていました。
物語は1926年3月、和暦でいうと大正15年から始まります。
≪萌えたところ、好きなところ≫
【攻めのアーキルがツボだった】
BL界のアラブものというと金髪碧眼の王子様が登場する作品も多いようですが、本作の場合は黒い髪に黒い瞳、浅黒い肌という容姿の攻めでした。これは、個人的にはとても好みです。
この攻めのアーキルが魅力的でした。目的のためには受けすらも煙にまくような腹芸も出来るし、無駄口叩かずやるべきことをどんどんやるような有能さと冷静さも持ち合わせているし、粘り強いしね。序盤では2人が茶房やホテルの部屋で話をするシーンがあるんですが、受けの朔人からよく会話を引き出していたり、夢中に好きな映画のことを語る朔人をきちんと受け止めている様子が感じられて、なんとなく聞き上手なキャラなのかも、と好印象を持ちました。出会って数日で紳士的に肉体関係に持ち込む誘惑の手腕もさすが。最後までヘタレない、年上攻めらしいキャラクターなのが年の差カップル好きとしては嬉しいところでした。
受けの朔人がまだ16歳と幼く強気で好奇心旺盛な分、何かと危なっかしいので、これくらい大人な攻めの方がうまくいくんでしょうね。
【アラブ馬とアラブを描くハリウッド映画】
この作品では、砂漠、遊牧民、媚薬と毒薬、民族衣装、紅い砂に埋もれた幻の都の廃墟など、アラブっぽさを盛り上げる要素がたくさん盛り込まれています。
そんな中、アラブ馬絡みのエピソードは特に豊富でした。それを反映してか、
「朔人はきかん坊の子馬だ」
「おまえは馬鹿な子馬だ」
「馬鹿なだけでなく、我儘な子馬だな」
と、攻めがことあるごとに受けを子馬ちゃん扱いしてるのがなんか微笑ましくて良かったなー。子ウサギや子猫など可憐な小動物ではなく馬ってところが、アラブ馬を大切にする攻めの価値観を表しているようで面白い。
そして20世紀初頭のアラブをフィルムに収めようとする映画界の当時の事情なども少し語られていて興味深かったです。確かに今日のエチゾチックなアラブのイメージというのは、『アラビアのロレンス*1』や『シーク』など1920年代以降の映画を通して広まった部分も大きいのでしょうね。受けと攻めの出会いのきっかけが映画というのは面白いです。
【意外な黒幕】
この作品では、攻めを陥れようとする謀略に、受けが巻き込まれてしまう、という形でストーリーが進んでいきます。その謀略の黒幕が予想外の人物で、中盤以降徐々に正体が明らかになるまでは主人公同様私もすっかり騙されてました。本当に意外でびっくりしましたよ。
しかも予想以上にサイコな人物だった。そんなサイコな面を知りながら本気で惚れてしまった行彦が不憫だー。レリック・オブ・ドラゴンシリーズのルパートもそうだったけれど、本作も主人公のお兄さんが健気すぎる……。それにしても準備期間の長い陰謀だ。
≪その他≫
- 中盤から後半にかけて、いろいろな誤解が原因で、受けの朔人は攻めに大きな不信感を持つのですが、もっと攻めのこと信じてあげればいいのにー、とやきもきしつつ読んでました。まあそこまでの信頼関係をそれまでに築けてなかったといえばそれまでだけど、朔人も大概強情で意固地だよなぁ。対話の不足から二人の関係はこじれにこじれるので、ちゃんとハッピーエンドになるのかな!?とハラハラしました。
- アラブっぽさを盛り上げる要素をふんだんに使おうとしているのがよく伝わってきますし、いろいろな側面から描かれる砂漠の国ザハナが興味深いのは確かですが、反面、それぞれの要素がしっかりストーリーに絡むにはちょっとページ数が足りないように感じたのが残念といえば残念かも。ハリウッド映画界と20世紀初頭のアラブ、非イスラム国であった滅ぼされた王国スツの紅砂に埋もれた廃墟、中東での利権を失いたくない宗主国イギリスとその支配に反感を強める国民感情など、それぞれで一冊描けそうなモチーフだしなぁ。
- あとがきで作家さんはその後彼らは幸せに暮らしましたと明言していますので、読者としては嬉しいけれど、実際20世紀初頭のアラブで男性カップルが生きていくのを想像するとやっぱり大変だったんだろうなと考えてしまいます。作中の架空の国ザハナでは、同性同士の恋愛・性愛は死罪という設定。そのためか、攻めは受けを恋人ではなく養子として傍に置こうとしたり、砂漠の中の失われた王国スツの廃墟の中で寝たことを「抱いたのはザハナではなく、スツだ」と言い放ったりするわけですし(その言い分ってあり?詭弁に聞こえるぞー。)。攻めが結婚させられたらどうしようと心配する受けに「そんな事態が生じてなお、私のすべてが欲しいなら、おまえのすべてをかけて私を奪えばいい」と攻めは言ってたけど、いやー、その要求って結構ハードル高いような………。とはいえ、受けは前向きですし、「好みはハッピーエンド」という受けの養父に賛成なので、私も彼らは終生ラブラブしつつ幸せいっぱいで寄り添ってたんだろうなと思います。