sorachinoのブログ

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かわいゆみこ  『夢色十夜』全三巻

  • 倉橋千歳
  • 鷹司惟顕


 舞台は昭和初期。メインキャラクターは弁護士の倉橋千歳と、大学教授兼幻想小説家の鷹司惟顕。倉橋は勇猛果敢で知られる海軍中将の次男、鷹司は富裕な公爵家の末息子であり、両者ともに良家の子息です。学習院時代からの大親友である彼らが遭遇した幻想怪異譚を描いた短編集でした。

夢色十夜 (パレット文庫)

夢色十夜 (パレット文庫)

全三巻ですが、画像のでる1巻のリンクのみ貼っておきます。

【昭和浪漫と幻想怪異譚】

 このシリーズは漂っている雰囲気がとても素敵です。昭和初期というちょっとレトロでロマン溢れる時代、華族や軍人がまだ存在した時代、幻想譚も違和感無く似合いそうな時代、喩えるならセピア色が似合う感じ。飴色に光る廊下の日本家屋や足袋の白さが眩しい割烹着姿の夫人、束髪」や「高島田」など現代モノじゃなかなかお目にかかれない言葉を見つけるのも時代モノの醍醐味です。
 やがて来る第二次世界大戦の戦禍の気配は作中では限りなく薄く、登場人物たちがインテリな上流階級出身であることも手伝って、漂っているのは豊かさ、上品さ、優雅さ、しっとりと落ち着いた雰囲気でした。生活や仕事の細々とした卑俗な部分や忙しなさなどはほとんど描かれておらず、登場人物たちは皆ゆったりと時を過ごしているように見えるせいか、多少浮世離れしていますが、それもこの作品らしいように思います。
 夢と現の境目がふわふわと曖昧になる短編の積み重ねにより、3巻ラストの『浜辺にて』ではなるほど確かにそういうオチもありだなぁと感じました。
 怪異譚としてなら日本版桃源郷訪問譚のようなストーリー『夢の通い路』での宴の場面が好きだったかな。桃の花咲く場所ならぬ、桜の花咲く異境へ倉橋が迷い込みます。そこで出くわした宴を張る平安貴族風の異形の者たちが、華やかで少しユーモラスもあって良かった。


【玲子にまつわる話】

 鷹司の姉の玲子というキャラクターにまつわるお話である『雛御前』と『横櫛』が印象に残っています。
 玲子さんは、容姿、性格、家柄、知性教養と全てを兼ね備えた完璧な女性でありながら、婚約者に次々と先立たれたために男殺しの娘と噂され、なかなか縁談がまとまらない、という境遇にあります。家族からも行き遅れとして心配されている。
 一般的に完璧なキャラクターってあんまり面白味のないものですが、この玲子さんに関しては当時の名家の女性らしく流されるままに生きるゆえの悲哀というものがあって、幸せになるといいなぁと思いながら読んでました。
 こういう穏やかで上品な優しい女性って好きだし。
 『雛御前』では、雛祭りの会食の夜、想い人との婚礼の花嫁支度の夢を見るなんて、切ないよなぁ…。
 この時代の女性の人生は結局結婚次第かと現代的価値観からするともどかしさを感じつつも、彼女が素敵な男性と幸せになったのは何よりだと思いました。それに、愛する男と出逢ったことで流されない人生を選び取った、というのはベタだけどときめきますね。


【友達以上恋人未満】

 この作品は一般的な商業BLほどには恋愛を中心に描いてはいないのですが、やおい的な萌えを感じた場面も無いわけではありませんでした。時折鷹司の倉橋への友情以上の想いが行間から淡く読み取れるのです。
 例えば一巻に収録されている『薄氷』。この短編は怪異譚の要素は薄く、二人の友情と絆の強さを描いた作品です。まず回想シーンに登場する学習院時代の倉さんが格好良すぎ……!!高校生でこれほど出来た男だなんて、鷹司が惚れたのも無理は無いよー。そりゃあ夜中に2人きりでボートで漕ぎ出さないか?という誘いにもOKしちゃいますね。
 実際倉橋は、端整な美男で長身、礼儀正しく真面目で文武両道に秀で、誠実かつ温厚篤実と出来すぎなくらいの良い男なわけで、シリーズを通して本人を前にしてもしなくても鷹司は何回も手放しで倉橋を褒めたり我が事のように自慢したりしています。

「呆れたね。それじゃ、君はまだこれまで、惟顕君の本を読んだことがないっていうのか」
 言葉通り、持明院淑美は、心底、呆れたような顔で、倉橋千歳の顔を眺めた。
「ええ、そういう約束なので」
  略
「約束ったって、どんな本だか見てみようとか、いったいどんなものを書いてるんだろうとか、そういったことは考えないのか?」
「もちろん興味はありますし、本はすべて鷹司がくれるので、部屋に大事にそろえて置いてあります。
置いてありますが……、鷹司が読むなと言うなら読みません」
  略
「だって、淑美さん、昔から倉さんはそういう男だよ。一度、こうと約束したことは、絶対に何があっても、守り抜くんだよ。だから、僕は倉さんを誰よりも信用しているのさ」
 もしかして、僕自身よりも引用しているかもしれないね…、と鷹司は手にした紅葉の葉を手帳にはさみこみながら、つぶやいた。

「淑美さん、これが倉さんが、いつにもましていい男でねぇ…。
化け物相手に、僕を背中に庇ってくれたときには、ちょいとグラッときたもんさ。男惚れってやつかなぁ」

「僕が女なら、倉さんのところへ押しかけ女房で行くね。ほっときゃ、いくらでも虫がつくもの」

ノロケにしか聞こえないぞ鷹司!この倉さん好き好き言動が可愛いし微笑ましい。
 けれど、朴念仁で鈍い倉橋は鷹司の気持ちには気付いていません。玲子に憧れてる倉さんを見て鷹司が不機嫌になるのは、ずばり嫉妬ですよ倉さん!と私のようにやきもきする読者は多いでしょうが、正直その焦れ焦れ感も楽しかったです。
 『薄氷』には風邪をひいた倉橋の頬を鷹司があたるシーンがあります。この他人に髭を剃って貰うという行為はなんだか艶めかしいなぁとしみじみ思いました。泡だった肌に剃刀をあてて、つるりとした綺麗な地肌を露にする…おお、やっぱりなんだか色っぽいです。好きな男の髭剃りを鷹司は存分に楽しんだだろうか。
 ところで『浜辺にて』の二人はちょっと淫靡な雰囲気が漂っているように見えたのは気のせいでしょうか。


《その他》

  • 鷹司の描写で「したたかな西洋猫のように目を細めて」という一文があったのですが、これは目に浮かぶような描写だと思いました。確かにどちらかといえば鷹司は猫っぽい。倉橋は犬っぽいかな。
  • 鷹司の小説ってどんな話なんでしょうね。いつか倉橋に読ませてもいいと思う日は来るんだろうか?
  • ちなみに本シリーズで一番ホラーっぽさを感じたのは、今市子さんのイラストでした。3巻の『隠れ鬼』で、狐のお面を被った子供が枕元に立っている絵です。これは怖い……!!さすが『百鬼夜行抄』の作者。
  • それにしても「白い芙蓉のような玲子の麗姿は、昔から目にするだけで寿命が延びるような心地すらすると言われ、学校帰りの玲子の姿を生き仏様と拝む老女もいたぐらいだった。」ってどんだけ美人なんですか玲子さん………!
  • オドロオドロしさや背筋がゾッと凍るような怖さはほとんどありませんし、本格ホラーを期待して読むというよりも、気軽に読めるあっさり系の幻想譚といった作品だと思います。謎解や事件の解説を登場人物が台詞で説明してしまう場面もあり、物語として少し大人しめな印象があるので、もうちょっとダイナミズムというか派手さや動きがある展開を読みたかった気がする……。全体的に手堅くまとめようとしているのは良いですけどね。
  • 千尋兄さんは第二次世界大戦を生き延びてほしいわ…。玲子さんは幸せになってほしい。

《まとめ》

しっとり和風レトロなテイストのお話をお好きな方にお勧めです。