sorachinoのブログ

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長野まゆみ 『サマー・キャンプ』

サマー・キャンプ (文春文庫)

サマー・キャンプ (文春文庫)



近未来的な日本の湾岸地域を舞台に、少年のひと夏を描いた小説。

湾岸地域の澄み渡るような空気感や、仄かに見え隠れするキャラクター達の絆など、本作には魅力が溢れています。個人的に、長野作品の中では一、二を争うくらい好きです。

記憶障害の主人公、思わせぶりに断片的な情報を与えては主人公を動揺させる登場人物達、入り組んだ血縁関係、出生の秘密、性的なトラウマなど、長野作品の王道パターンがてんこもりでした。


あらすじ

「愛情など、断じて求めない、はずだった」 体外受精で生まれた温は出生の秘密を自らの手で明かそうと決意するのだが…。近未来を舞台に、人間が種として背負うべき未来への責任を問う書き下ろし長編小説。

  • 主人公:鏡島温

近未来的な湾岸という舞台の魅力

長野まゆみさんの小説の何に一番惹かれるかといえば、そのイメージ豊かで美しい世界観だ、という方は私に限らず多いのではないでしょうか。

この『サマー・キャンプ』の舞台は近未来の日本の湾岸の都市ですが、実に美しく描かれています。

運河や湾内を往復する水上バス、乗船ロビーと架橋で繋がった埋立地にある湾岸校、円形の巨大な禽舎がある海浜公園、不燃物処理施設から沖風に乗って飛んでくる無数のプラスチックの白い羽、橋脚に波が砕ける音が響く湾岸高速、潮汐観測所の時報と海鳥の啼声、このような湾岸の要素で構成された世界に惹かれました。

聞くと心が落ち着くという心音を模したパルス計や、砂漠に風車が立つ表紙もSFっぽい雰囲気を醸し出していて近未来的な世界観の造形に寄与していると思います。

長野作品を読んでいるといつも思いますが、本当に風景描写が美しくて惚れ惚れする。


温と辰の関係を楽しむ

本書の主人公は温(ハル)という少年です。温と家族ぐるみで親交のある獣医の辰(トキ)という男性が登場するのですが、この二人の関係が気になってぐいぐい読み進んでしまいました。

ちなみに辰は、温の叔母の後輩であるのはともかくとして、温の両親の愛人でもあります。家族ぐるみにも程があるw

淡々とした硬めの文章や、登場人物たちの快楽主義的で一見希薄にも見える人間関係などによってあまりそうは見えなくとも、実は温と辰は互いに深い関係を築いているのだ、と読者が気付くよう、いろいろな場所にヒントを散りばめて書いてあります。

そのヒントを拾い集めながら読むのが、とてつもなく楽しかったです。萌えたー。

二人の絆が恋愛感情なのか、技術者と研究対象としての愛情なのか、親子としての感情なのか、はたしてそのどれでもない愛情なのか、或いはそのどれをもひっくるめた愛情なのか、明確には書いていないと思うけれど、それもこの作品らしいとも思う。

「死んでほしくない。なんでこんなこと言わせるんだ」

という温の辰への台詞にはグッときます。

 この不燃物処理施設の場面、珍しく2人とも素直になって本音をこぼし合っているのも、強い陽射しの中で人工的なプラスチックの薄片が白い羽のように空中を舞っている綺麗な情景描写も好きです。いつも飄々として温をからかっていた辰が弱音を吐く姿を見てしまうと、ラストで辰の家へ戻った温の姿に本当にホッとします。

鏡島家には自分の信じていた居場所が無いと気付いた温は軽い絶望を抱えたのかもしれない。でも彼には帰る場所があり、その温の帰還は間違いなく辰を絶望の淵から救ったこと、ルビもまた鏡島家への帰宅を果たしたことを考えれば、やっぱりハッピーエンドなのでしょう。凄く大団円。

 そういえば『サマー・キャンプ』というタイトルは内容をよく表していたんだなぁと読み終わってからしみじみ思いました。ルビの家出のことを指しているのかと途中までは思っていたのだけど、実際はルビのというよりも温の家出を指していたのですよね*1

 

温のキャラクター

そういえば、この『サマー・キャンプ』の温は長野作品においては珍しいタイプの少年主人公なんじゃないでしょうか。結構気が強いみたいで一人称は「俺」だし、女の子とも遊んでいてモテているようだし、「そこそこ鍛えて」いて「適度に筋肉質で、夏らしく日焼けし」ているそうなので。

長野さんがよく書く少年主人公といえば、『新学期』の史生や『超少年』のスワンや『東京少年』の常緑などのように、一人称が「僕」だったり大人しかったりトロかったりといういわゆる“可愛い”系のイメージが強いので、ロードバイクが趣味という温の活動的なキャラクターはちょっと意外で良かったです。


その他

  • 温が家出する前、未成年の温が辰の家で暮らしていた経緯を知りたいです。何歳頃から辰の下にいたんだろう?まさか生まれた時から「親」として辰が引き取ったという訳では無いでしょうし。それともやっぱり2人の仲は鏡島家公認なのか。少なくともヒワ子は推奨しているようでしたが。
  • 温の存在に辰の救済がかかっているというのは、やっぱり辰の中で卵子というかつてあった“女”としての自分を偲べるよすがとして温が在る、という事を示しているのかもしれないな。ただ個人的に母子相姦だけはどうも苦手なので、いくら遺伝情報は消してあるとはいえ温の受精卵が辰から採取された、という設定には正直微妙な気分に……。ちなみにこの作家さんの別作品『白薇童子』も、母子相姦じゃなければもっと好きなお話なんだけれども。『メルカトル』も息子を誘惑しようとする母親が苦手だった。母子相姦を受け付けないというのは完全に私自身の好みの問題なので*2、逆にそれが大好物の方ならより一層楽しめるかもしれません。
  • 鏡島家の生殖システムの面白さは、世間への面従腹背であるという点だと思う。一見規範的で保守的な家族観に迎合しているかのように見せかけつつ、けれど実際は、故意犯的に世間を欺いて独自の生殖を行っている。
  • でも、一方で美男という疑似餌でヘテロの女を釣って妊娠させるという鏡島家の生殖システムは相当エグい!という感想はどうしても持ってしまうんだよなぁ。だからこそ私は操江には同情的です。自分と夫との子供を生んだつもりだったのに、景は他人との子供、温は自分の血を引いていない子供だったなんて可哀相すぎる。読んでいて託卵という言葉を思い浮かびました。本人の自覚の無いまま代理母として周囲から利用されているって、しかも身内から計算高いくせに本質は何もわからない馬鹿女扱いされて蔑まれているって……怖すぎ。ホラーだよこれ。まさに“産む機械としての女”であり“飾りとしての女”とみなされている操江。なんて恐ろしい状況なんだ。ルビの妊娠は操江なりの「反逆」だったのでしょうが、もうちょっと彼女の内面に踏み込んだ描写も読みたかったように思います。
  • バイセクシュアルの女性やレズビアンの女性と、性表現が女性である鏡島家の人間(景やヒワ子は性表現だけでなく性自認も女であるように私には思えた)がパートナーシップを結ぶ可能性を考えてみたら、鏡島家の生殖システムは、もしかして結構都合がいいのか?
  • 長野さんの作品は凄く好きな部分もあるんだけれど、辰といいヒワ子といい大人キャラクターが子供にセクハラする場面が結構あるように見えるのが読んでて辛い……。うーんこの点はどうもなぁと毎回思う……。
  • 辰は否定してるけど温の持ち物に発信機が仕込まれてるのはガチなんだろうなー。

まとめ

悲劇化せずハッピーエンドだったのは嬉しかったなぁ。温と辰はらぶらぶになっていちゃいちゃして幸せになればいいと思うよ!

*1:ネタバレをしますと、温自身に自覚が無くとも鏡島家は温にとっては夏の間だけのイレギュラーな居場所。というのも、もともと温は辰の家で暮らしていたけど、ルビが転がり込んできておかしくなってヒワ子の処へ家出したから。そして温に家出されて精神的に参った辰が自殺未遂、でも結局鏡島家が自分の居場所では無いと悟った温が辰の家に帰ることになってエンド、というのが真相って感じらしい。

*2:余談になりますが、私は父子相姦モノなら父と娘のカップルも父と息子のカップルも創作物なら読めるんだけど、母子モノだけはどうしても読めないんですよね。