sorachinoのブログ

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松岡なつき 『センター・コート』 全3巻

センターコート〈3〉 (キャラ文庫)

センターコート〈3〉 (キャラ文庫)

今日から君がパートナーだ―一流テニスプレイヤー・ブライアンのコーチから、突然ダブルスの相手に指名された智之。けれど喜びも束の間、密かに憧れていたブライアンは、新人の智之にひどく冷たい。コートでは実力の差を思い知らされ、落ち込む智之に、ブライアンはさらに嫌がらせのようなキスを仕掛けてきて…!?恋とプライドをテニスに賭けた、サクセス・ロマン第1巻。

  • 受け:千葉智之(19)
  • 攻め:ブライアン・ローレンス(25)

 プロテニスプレーヤー同士のBL小説でした。松岡なつきさんお得意の外国モノで、アメリカやイギリス、フランスなど主に欧米のテニスと縁の強い地域が次々と舞台になります。カップリングは米国人×日本人です。発行日を見るともう10年近くも前の作品ですが、内容にはそれほど古さは感じません。とても楽しめました。大好きな作品です。

ちなみに本記事冒頭のリンクは画像の出る3巻にだけはってます。

全3巻だからこその余裕

 私は全巻まとめて購入したので、一気に最初から最後まで読むことができました。もともと全3巻として発行されることが決まっていたからなのか、全体的に物語の進みに余裕があり、焦らずじっくりエピソードを重ねていこうとしている感じがして読みやすかったです。
 二人が親密になっていく様子が丁寧に描かれているんですよね。それにテニスのスポ根モノや智之のシンデレラストーリー、ブライアンのトラウマ克服&スランプ脱出物語としても面白かった。

二人は結構向き合っている気がする

 この作品は、主人公カップルが真っ向から対話をしているのが印象的です。例えば、ブライアンに関する悪意ある話を第三者が智之に吹き込んだとき、私はてっきり2巻はこのまま誤解が重なってすれ違いのストーリー展開になるのだろうと予想したんですよ。ところが、ブライアンはすぐに誠意ある態度で本音を語りしっかりと智之の誤解を解いたのです。陳腐なすれ違いは回避させる一方、お互いへの理解と信頼が深まっていく様子を丁寧に描いているのが良かったです。

 また、智之が試合に負けて悔しさのあまり大泣きする場面など、智之の感情を全く取り繕わない素直さや自分が傷つけられるとは予想もしていない無防備さに、ブライアンが驚いたり羨ましく思ったりするシーンが幾度かあります。こういう自分には無い無垢ゆえの強さを持つ人物に惹かれていくブライアンの心情も良かったです。

 3巻では、悪意ある誹謗中傷の渦中にあるブライアンを、家族を振り切った智之が報道陣の輪を突っ切って訪ねる場面はやっぱりグッときました。愛と信念のために打算や保身を捨てられるこの智之の勇敢さに、ブライアンは本当に救われましたよね。こんなにストレートに愛情表現出来る智之は凄いですよ。彼はなんだかんだいって肝が太くてタフで自分で幸せを掴み取っていくタイプですね。
 対してブライアンの本質は、智之ほど図太くなくて、どこか脆いものを抱えているように思います。ブライアン贔屓の私としては、彼の頑なな心を智之がその愛情や純粋さでどんどん溶かしていくにつれて、ブライアンが幸福そうになっていくのが良かったです。やっぱりブライアンを幸せに出来るのは智之しかいないですよ!しかも智之と寄り添ううちに、精神的な強さとテニスにおける強さをもブライアンは取り戻します。試合中に彼が智之の背中にタッチをした時、野次を飛ばされてもブライアンはびくつかなかった、というシーンは力強くて感動的でした。

 特に萌えたシーンは、二巻206ページの意地悪してみたりするブライアンの攻めっぷり。もちろん意地悪といっても甘々でツボに入りました。


面白いテニス描写が多い

 ダブルスのチームメイトである主役2人の職業柄、試合のシーンも練習のシーンもよく出てきます。テニスに打ち込んでいる彼らの姿は魅力的でしたし、スポーツを通して二人が親密になっていく様子を読むのは楽しかったです。

 智之が憧れのブライアンにつり合うように必死に練習してどんどんレベルアップしていくのを読んでいると、どうしても試合シーンでは応援したくなっちゃいますね。智之は「薔薇の花びらが落ちるような芸術的なロブ」を打てるとのことですが、もし叶うならこれはぜひ映像で見てみたいプレーです。

 プライドの高いブライアンがボブという壮年男性にコーチを依頼する時、スランプに陥ってもまだテニスへの情熱を諦められない、と告白しプライドよりもテニスへの熱烈な思いを優先させる姿勢も、これぞスポーツマン!という感じで好きでした。

 この作品は恋人を失いスランプに陥ったブライアンの治癒と回復の物語でもあるようで、比較的恋愛要素の薄い1巻では、恋愛関係に至るときめきよりも、二人がスポーツのパートナーとなることによって信頼関係を築いていく過程に重きが置いて描かれていました。

 2巻では全仏に備えて智之にテニスに関する仏語を教えるブライアンの姿があります。テニスを通して順調に親密度が上がってきているようで微笑ましいです。余談ですが、試合中にブライアンが頻繁にタッチや声かけを行うようになって智之のプレーも良くなった、というエピソードには自分の中学時代の運動部経験を思い出してちょっと懐かしい気分になりましたよ。確かに集団競技でチーム内での声かけが少ないと意思疎通が減ってミスを招きやすいのでした。

 第3巻の完結編では、いよいよ舞台はウィンブルドンに移ります。最高峰と名高いテニスの聖地ですから、物語も最高潮に盛り上がります。二人がダブルスのチームメイトとして戦うシーンは読んでいて燃えますよ。松岡さん上手いなぁと思ったのが、ダブルスではなくあえてブライアンのシングルスのファイナルをエピローグに持ってくる構成です。他愛無い後日談ではなくて、素晴らしい余韻を残すこのエピローグ、物語の終りに相応しく、感動的で本当に好きです!

ワーッと歓声が上がり、すぐにシーンとなる。ここに一万を軽く越える数の人間がいるなんて、とても信じられない静けさだ。緊張感は客席にも張り詰められていた。残されているのは、あといくつのショットか。それとも、あといくつのゲームか。
[〜略〜]
 彼らはチャンピオンの名前も、ファイナリストの名前も決して忘れないだろう。そして、ずっと語り継ぐはずだ。
「私が見た最高の試合は……そう、あの年のメッケンベルグ対ローレンスだね」
少し、それを見なかった人々を哀れむように。

燃えるー! 

 ちなみにウィンブルドンでの試合結果は、ダブルスもブライアンのシングルスもなんとなく予想していた通りでしたが、同時にこれ以外にない妥当な結果であったとも思います。読者はダブルスの結果で充分に満足を得ることが出来て嬉しいですし、一方でブライアンのシングルスでは今後のブライアンのテニス選手としての成長の余地を想像していくことができますし。この結果がやっぱりしっくりする気がしました。

脇役の魅力

 主人公カップルだけではなく脇役にも魅力があります。主人公たちの練習相手を務める女子プロテニスプレーヤーのクレアとエイダ、智之に恋をしている智之の友人ルークなども魅力的でしたが、私が特に好きだった脇役は以下の三人です。

  • コーチのボブ。彼は懐が深くそして適度に厳しく指導者として立派なキャラです。選手時代も凄腕のプレーヤーだったに違いない。
  • 当て馬受けのピート。彼は憎めないキャラクターだなぁと思います。純真無垢な受けとの対比から、いわゆる“ビッチ”というか性的に奔放な人として設定されているんですが、個人的には好きなキャラクターでした。
  • ブライアンの好敵手メッケンベルグ。三巻で最も株を上げたキャラとは誰か?ずばりメッケンベルグでしょう。間違いない。さすがテニス界の皇帝陛下だよ。格好良いよ。『センター・コート』における抱かれたい男ランキング第1位の座は彼のものだよ。ブライアンもメッケンブルグになら抱かれたくなったはず(嘘)。努力家だし、スポーツマンシップも男気も勇気も冷静な判断能力もあって、ブライアンとの決勝の試合結果も納得がいくものでした。


 

その他

  • この本を読んでいたらなんだか無性にテニスモノを見たくなります。思わず以前一度見たことのあるポール・ベタニー主演の『Wimbledon』という映画を借りてみたり、ついでに動画サイトでウィンブルドンの試合を見たり、テニスに関するエッセイを読んでみたりしてしまいました。真っ青な空に鮮やかな黄色いボールという組み合わせは映像で見るととても鮮烈ですよね。そして、萌えとは関係なしでも確かにいい男が汗だくになって真剣にスポーツやってる姿は良いです!あと、2008年のフェデラーナダルウィンブルドン勝戦をリアルタイムで観戦したことを思い出しましたね。一人居間で徹夜でテレビに齧りついていたのでした。いつも余裕の態度を崩さなかった王者フェデラーがぼろぼろになりつつ若いナダル相手に粘っていて、観ていて心を揺さぶるものがありましたよ。ベテランの王者と若い挑戦者による世紀の大決戦というのは本書のエピローグと通じるものがありますね。
  • ブライアンのイラストは髪が長いですが、実際にはあんなに髪の長い男性スポーツ選手って現実だとあまり見かけない気がするので、ちょっと違和感が……。
  • そういえば、文中で智之が喋っているのはほとんど英語なんですよね。羨ましい語学力です。この巻で知った英語に関するトリビアですが、日本語のネンネは英語で「スノウ」と言うらしいですよ。
  • 智之を乱暴させようとした企みやブライアンへした報復など、ピートはかなりえげつない手を使っています。驚きました。そしてちょっと悲しかったです。一巻で智之に釘を刺す部分なんかは結構可愛気があって、主人公の恋敵ながら嫌いなキャラではなかったので、小物っぽい卑劣さが意外というか残念というか。意外なキャラといえばブライアンの元恋人ジョナサンもです。ブライアンが過去に捕らわれまくっていたので、もっとクリーンな人物かと思ってたなぁ。このように主人公の恋敵たちのヒールな面が三巻目で次々と明かされていき、彼らは勝手に自滅していっているように見えたのがちょっと残念だったかも……。相対的に主人公の智之の株が上がっていかざるを得ないようにも見えたので。私は、たとえ恋敵たちが清廉潔白な聖人君子だったとしても、智之は智之自身の魅力で攻めを魅了したという風な描かれ方の方が良いなと思ってるんですけどね。
  • ブライアンが同性愛スキャンダルで誹謗中傷されている部分は、描写がヘヴィで読むのが辛くて斜め読みしてしまいました…。もーみんなブライアンを苛めるなー!なんというか、この作品の三巻はわりと啓蒙的というか、珍しく現実に置ける諸々の議論を思い起こさせるBL作品だという印象を受けます。同性を好きになることに対しての周囲の無理解や差別的な視線が描かれるとともに、それに打ち勝つ主人公カップルが恐らく意識的に描かれていたので。また、後書きでも作家さんのそういった姿勢が窺えるような話題、例えば「将来、性及び性的な差別から解放されるスポーツがあるとすれば、それはテニスのような個人競技なのではないかと考えています」という話も書かれているし*1。ちなみに、本編では、バッシングされたブライアンを受け入れたり庇ったりする周囲のキャラクター達も登場しています。けれどそんなキャラクター達は、ブライアンのテニスの天才的な強さや男色の伝統を理由に助けようとしているケースが多かったんですよね。もちろん、ブライアンの才能と人望が罵倒をねじ伏せるのに寄与していたというのは確かなことですが、たとえブライアンが弱くてだらしない奴だったとしても、智之とらぶらぶになって幸せになって皆に祝福されるがいいさー!と思います。

まとめ

 三巻かけてじっくりと、ブライアンの復活と、2人の人生においてもダブルスにおいてもパートナーシップが確かなものへとなっていく様子が描かれています。大変面白かったです。古い作品ですがおすすめですよ!

*1:マルチナ・ナブロチロヴァ選手が女性を愛するというセクシュアリティをカミングアウトしたテニス選手だったという豆知識はこの本のあとがきを読んで私ははじめて知りました。そうだったのかー!有名な偉大な選手というのは知っていましたが、テニス選手としての戦歴だけでなく社会的な運動でも実績があったとは。